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東京地方裁判所 平成元年(ワ)3102号 判決 1990年10月29日

原告 甲野春子

原告法定代理人親権者養父 甲野松夫

同養母 甲野竹子

右訴訟代理人弁護士 新井弘治

被告 丙川秋子

右訴訟代理人弁護士 吉沢寛

被告 丁原一夫

右訴訟代理人弁護士 須賀一晴

主文

一  被告らは原告に対し、各自、金一三、八〇三、一一六円及びこれに対する昭和六二年三月一五日から右支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告、その余を被告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは原告に対し、各自、金二五、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和六二年三月一五日から右支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  確定した主要な事実関係

1  原告は、昭和六二年三月一四日死亡した乙山花子(以下「訴外乙山」という。)の子で、その遺産全部を相続した者であり、被告らは、同日死亡した丁原マツ(以下「亡マツ」という。)の子で、その遺産(本件損害賠償債務も含む。)を二分の一ずつ相続した者である。

2  昭和六二年三月一四日、東京都豊島区《番地省略》丁原プラザ(以下「本件マンション」という。)一階一〇二号室において、亡マツが寝たばこをしていた際、たばこの火種が布団の上に落ちたことが原因で、火災が発生し(以下これを「本件火災」という。)、同室が焼損し、亡マツが焼死した。

3  訴外乙山は、当時、本件マンションの三階三〇一号室に居住していたが、本件火災の避難行動中、ベランダから転落して死亡した。

4  損害

(一) 訴外乙山の逸失利益 次の数値に基づき計算すると、二八、〇一〇、三八八円となる。

前年の年収 五、三九七、二〇〇円(これが今後も稼動可能な期間継続するものと認められる。)

生活費控除 一人で生活しており、有職者であるので、五〇パーセントとすべきである。

就労可能年数 一五年(就労場所及び仕事の性質上六〇歳までとすべきである。)

中間利息控除 年五パーセントのライプニッツ方式による。

(二) 慰謝料(訴外乙山及び原告固有のものの合計) 一八、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

(三) 合計 四六、〇一〇、三八八円

二  争点

本件において、原告は、訴外乙山の死亡は、亡マツの重過失に起因する火災によって生じたものであるとして、亡マツの相続人である被告らに損害賠償の請求をするものであるが、争点は、次のとおりである。

1  本件火災の発生について、亡マツに重過失に基づく責任があるか否か。

2  本件火災の発生と訴外乙山の死亡との間に、相当因果関係があるか否か。

3  訴外乙山の死亡について、同人に過失相殺すべき事情があるか。あるとすれば、その割合はどの程度か。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  亡マツは、本件火災の半年前から、歩行がほとんど困難になり、本件マンションの一階一〇二号室に、寝たきりの状態でいた。そして、一日に三〇本程度のたばこをベットに寝ながら吸っており、ベットの頭寄りの左側に置いてあるプラスチック製の飴の空缶とベットの頭側に置いてある筒状の容器を灰皿として使用していた。

また、同女は、最近の半年間に三度、たばこの吸いがらを消そうとして布団や畳を焦がし、その場にいた息子の被告丁原一夫(以下「被告一夫」という。)が消火して事なきを得たことがあり、そのため、右一夫から、一人でいるときはたばこを吸わないように注意されていた。

2  一般に、寝たばこは、吸いがらを完全に消さないまま寝入ってしまう危険があり、また、火種が布団や畳といった比較的燃え易いものに落ちて火事になることがあるため、これを行う場合、喫煙者は、火災が起きないように十分注意をする必要があるというべきである。

ところで、本件においては、亡マツは、身体が不自由で、迅速に行動することの不可能な状態にあったので、たばこの火種が布団等に落ちた場合、直ちに消し止める行動をすることができないことになる。したがって、同女としては、たばこを吸うときは、被告一夫等他の人がその場にいるときに限るか、あるいは、人の手を借りる等してベットから起こしてもらってから吸うようにすべきであった。

さもなくば、火種が落ちないように、火のついたたばこの扱いに常時万全の注意を払っておくようにするとか、灰皿を大きいものにして吸い残しのたばこが灰皿の外に落ちないようにするとか、布団のカバーや畳等に不燃性のものを敷くとか、枕元に常時消火用の水を入れたコップを置いておくとか、あるいは布団に火種が落ちたときの緊急連絡用のブザーを設置しておくとか、各種の対応策を講じておくべきであったというべきである。

そして、このような対応策は、その気になれば早期にかつ容易に実施することが可能なものばかりなのである。

また、亡マツは、わずか半年間に三度も、たばこの火で布団や畳を焦がす事故を経験していて、身をもって寝たばこが火災を起こしかねないことを認認していたはずであるから、なんらの工夫や対応策を講じないでこのまま喫煙を続けていけば、やがては、火災の発生に至ることは、容易に予測できたはずである。

ところが、同女は、被告一夫からの度々の忠告にも耳を貸さず、特段の対応策等を施すことなく、喫煙を続け、本件火災に至ったものと認められる。

3  以上によれば、亡マツは、寝たばこの火種により火災を発生させる危険性については、それを十分認識しながらほとんど頓着せず、なんらの対応策等を講じないまま漫然と喫煙を続けて本件火災を起こすに至ったものというべきであり、その点で、重過失があると認めるべきである。

二  争点2及び3について

1  本件火災時に、本件マンション内には二三名が在室していたが、そのうち二一名は、火災報知器又は火災騒ぎで出火を知り、屋上、地下駐車場又は本件マンションの外に避難し、災難を逃れた。

ところで、訴外乙山は、当日朝六時ころ帰宅して就寝したが、火災報知器が鳴って眼を覚まし、廊下に出て他のマンションの住人(戊田梅子)から火事であることを告げられ、階段を三階から二階へ降りて様子を見る等の行動をとった。同女は、パジャマを二枚重ねて着る等かなり気が動転していたが、煙が上がって来ていなかったため、避難にまだ余裕があると感じ、自室に引き返して貴重品等を持ち出そうとしているうち、煙が階段を伝って三階まで来たため、逃げられなくなり、ベランダから逃げようとし、手摺を跨いだところ、すべって転落し、頭部を打って死亡したものである。

2  以上によれば、本件マンションの住人のうち二一名は、避難できているのであるから、訴外乙山も、冷静な行動をとりさえすれば、同様に避難することができたはずである。

しかしながら、自己の住居が火災に遭うということは、何人も、めったに経験しないことであるから、このように現実に生命や財産に対する重大な危機に直面した場合、常に冷静な行動をとることを期待することは酷であるというべきである。

本件火災において、火災報知器が鳴った時点では、煙が三階にまで上がって来なかったため、三階の住人の中には、自室に戻って、貴重品等をまとめて持ち出そうとする等、多少、余裕のある行動をとる者もいた。特に、甲田は、時間をかけてフロッピーの始末をしており、そのうちに煙が来たため、窓から隣家の屋根に飛び降りて避難している。

これらの様子を見ると、これまで火災に遭遇したことがないと思われる人達は、煙が見えない間は、直ちに避難しなければならないという意識が希薄で、貴重品等をまとめる等の行動をしているが、いったん煙が来ると、その時点ではもはや避難が困難な状態になり、そのため、窓から飛び降りる等の必死の行動を余儀なくされているのである。

言い換えれば、火災に遭遇した場合、何人かは、このようにして避難が遅れ、必死の脱出を余儀なくされる状態に追い込まれる人が出てくるのであり、脱出が成功しない場合は、死亡事故につながることになる。

訴外乙山も、右甲田と同様に、持ち出すものをまとめる等の行動をしているうちに、煙が来て、廊下からの避難が困難になり、あわててベランダに逃げ、すべって転落したものと認めるべきである。

そうすると、訴外乙山の行動は、それが冷静さを欠いたものであることは疑いないが、火災の場合には、時に見られるものであり、極めて例外的な突飛な行動であると評価すべきではない。

したがって、本件火災の発生と訴外乙山の転落による死亡との間には、相当因果関係があると言うべきである。

3  ところで、訴外乙山の行動は、前示のとおり、火災の際には有りがちなものであるとしても、他の住人のそれと比べて、明らかに冷静さを欠いており、その結果、死亡事故につながったのであるから、本件火災発生による損害賠償を検討する上で、過失相殺すべき事情に当たると言える。

そして、その割合は、損害全体の四割を相当とするというべきである。

第四結論

前示のとおり、原告が本件火災によって被った損害額は、四六、〇一〇、三八八円であるので、過失相殺後に被告らに対して請求すべき賠償額は、合計二七、六〇六、二三二円(各自一三、八〇三、一一六円)であり、原告の本訴請求は、その限度で、認容すべきである。

なお、仮執行宣言は、相当でないので付さない。

(裁判官 千葉勝美)

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